<フランバーズ屋敷の人々>という四部作をご存知の方はいらっしゃるだろうか。
邦題を『愛の旅だち』『雲のはて』『めぐり来る夏』『愛ふたたび上・下』(掛川恭子訳、岩波少年文庫)という、イギリスのYA小説である。K.M.ペイトンによるこの小説は、第一次大戦中に青春期を過ごした孤児の少女クリスティナの半生を描く大河ドラマで、イギリスではTV化もされている。
しかし、もともとの原題が『フランバーズ』であったことから、このシリーズは田舎のマナー・ハウスを中心に、エドワード朝後期からの時代の流れを追う物語であるともいえるだろう。とりわけ一巻目の『愛の旅立ち』は、エドワード朝末期の、衰退しつつある大地主(もっとも貴族ではないが)の屋敷の様子を伝えていて興味深い。
フランバーズ屋敷は、もともと金持ちのラッセル家が「Manor House」のDVDにあるような生活を謳歌していた屋敷だったらしい。しかし、1908年現在、女主人が亡くなり、狩猟だけが楽しみだったラッセル氏は事故で半身不随。動けなくなった腹いせに二人の息子マークとウィリアムや召使に対し、暴君のように振舞う。この主人の姿は、没落していく屋敷の姿を象徴的に表している。昔は女主人のもと、大勢の召使を抱えていたにもかかわらず、今、残っているのは女中頭のメアリーと、通いの雑役女中のヴァイオレット、馬丁頭のファウラー、馬丁のディックとあと数名に過ぎない。狩猟犬が屋敷内をうろつき、馬小屋のほうが行き届いていた手入れをされているという有様である。
ここに引き取られてきた12歳のクリスティナは、ラッセル氏の姪にあたり、21歳になると死んだ両親の遺産を受け継ぐことになっていた。ラッセルおじの魂胆は、じつはクリスティナをマークと結婚させ、彼女の遺産で屋敷を再建しようというところにあったのだ。
やがて、ラッセルおじそっくりで狩猟と馬が大好きなマークと、片足が不自由でインテリタイプ、飛行機にあこがれるウィリアムのあいだで、クリスティナの心が揺れるが、彼女が本当に心惹かれたのは、辛抱強く乗馬を教えてくれたディックであった。がっしりとした体格、麦わら色の髪、日に焼けた肌で、慎重かつゆったりした物腰でやさしいディックは、ラッセル兄弟にはない魅力があった。しかし、彼女は「ディックがたかが馬丁だという理由で」「馬丁ごときを恋するわけにはいかないと思い込み、そのきまりにしたが」い、自分の本当の気持ちに気がつかないでいる。ディックはクリスティナを「お嬢さん」と呼び、自分には手の届かない女性だということを認識しつつ、ひそかに彼女を愛し続ける。
すてきな馬丁は「マナー・ハウス」にも登場する。女性使用人たちのあいだで大人気のトリスタンだ。乱れた金髪とばら色に染まった頬に深く青い瞳…。日焼けした優しい田舎の青年タイプのディックとはちょっと違うようだが、ひょっとすると女性が『チャタレー夫人』の森番に対するように、違う世界の男性に強く惹かれる時代だったのかもしれない。もしも「マナー・ハウス」にお年頃のお嬢様がいたら、結構似たようなメロドラマが展開可能性はあり、ご法度とされていた使用人同士の結婚とか、駆け落ち事件も起こったかも…。
ともあれ、階級社会に地主の姪として生まれ、そのことを空気のように当たり前として育ったクリスティナは、自分の恋心どころか、階上と階下の世界がどれほど超えがたいものか、使用人の人生がどれほど束縛されたものか、まったく知らないのである。
事故で愛馬が怪我をして、犬舎に売られることになり、落胆したクリスティナはディックに助けを求め、彼はその馬をウィリアムの友人の家に届ける案に手を貸す。ディックはクリスティナへの秘めた想いから、自分が失職する危険を知りつつ、馬を助ける。その結果、ディックは推薦状もなしに追い出され、職を失うが、クリスティナはそんな危険が彼に及ぶとは考えてもいなかった。しかも、女中のヴァイオレットに事故のことについて伝言を頼むディックの言葉から、初めてクリスティナは彼らが兄妹だったことを知って衝撃を受ける。
だが、まもなく残った妹のヴァイオレットも屋敷から追い出される。理由は彼女が子どもを身ごもったからだった。ヴァイオレットはマークに恋慕の情を抱き、彼にもてあそばれたのだった。階下と階上は切り離されているようで、実はこういった隠微な繋がりが存在する。階上の男が階下の女に手をつけても、階上の女が階下の男にほれても、被害をこうむるのは常に階下の住人なのである。トリスタンにそんな運命が降りかからなかったのはさいわいといえよう。それは彼のおなら癖とくさい足のおかげかもしれない。
こうして世間知らずだったクリスティナは、階級社会の構造に、初めて目を見開いていく。やがてエドワード朝は終わり、1912年、クリスティナは新たな世界を選択、ウィリアムと一緒にロンドンへ、車に乗って駆け落ちしてゆく。二巻目では第一次大戦まえのロンドンの若者たちの生活が描かれ、飛行士となるウィリアムとクリスティナは結婚。三巻目では、戦死したウィルの子どもをみごもったクリスティナが、荒廃しきったフランバーズ屋敷に帰り、故ラッセル氏が期待していたのとはまったく違う、新しい農場経営に乗り出して、ついえさったエドワード・カントリーハウスの再建に打ち込むことになるが…。大戦が打ち砕いたかに見えた階級性が、戦後の世界で男性にとって、女性にとって、どのような意味があったのか、そのいきさつは、続篇を読まれることをお勧めしておこう。
華やかな狩猟パーティ、馬に乗るレディたち、つらい台所仕事、どれもが「Manor House」を見るとヴィジュアルに迫ってくる。そしてその栄華の生活が崩れ去り、また新たな形でよみがえる『フランバーズ』のシリーズも、より真に迫って理解できるようになるだろう。K.M.ペイトンには『バラの構図』という作品もあり、こちらもエドワード朝の使い走りの少年と牧師館の令嬢の物語と、現代の少年と牧師の娘の物語が絡み合いつつ展開し、こちらもまた「Manor House」を見ることで理解が深まったという感慨を覚える。
| PROFILE :川端有子(かわばた・ありこ) |
| 京都市生まれ・育ち 出身校:神戸大学・関西学院大学大学院 現職:愛知県立大学外国語学部教授 住まいは名古屋 研究対象は、19世紀イギリス文学・文化、英語圏児童文学フランシス・ホジソン・バーネットで博士論文を書いてその後、19世紀のインドにおけるイギリス人の子どもという存在について研究を進めている。また、「食べ物」と児童文学というテーマも研究中。 趣味 最近の著書 |
















