ねえや、ばあやの世界は・・・
小学生の息子が「赤とんぼ」を気持ちよさそうに鼻歌で歌っていた。念のため「ねえやってなに?」とつっこんだ。「おねえさん」えっ?「先生がそう云っていたよ。」音楽の先生は、なるほどお若い方だ・・・。ねえや、ばあやの世界は若い世代には昔話となってしまったようだ。だいたい「十五で嫁にゆき」は理解不能というか、今では法律上成り立たない。三木露風先生が予想もしなかった時代が到来したようだ。それはしかたがない。世の中変わっていくのだから。
昭和30年代生まれの友人で「ねえや」に育てられたという人がいる。両親が働いていて忙しく、母親の郷里から伝手でやってきたのだという。このくらいまでが「ねえや」を知っている世代かもしれない。
くだんの息子は時々メイド・カフェのマネをする。例の「お帰りなさい、ご主人さま」というあれだ。学校で誰かがやって、うけたのだろう。ところが当人はメイドってなにをするのか知りはしない。カフェのウェイトレスではないのだよ。
なにごとも、知らないよりは知っているほうがいい。
というわけで、さて、「マナーハウス」を観るとしよう。
イギリスでも、メイドをはじめ召使の世界は遠くになったようだ。19世紀には召使を一人はおいていないと、中流とみなされなかったという。そうすると中流でいたい、中流と見なされたい家では、衣食住の雑用すべてをこなすメイドを一人おくのが普通だった。20世紀に入り、家庭においても機械化が加速し家事労働が軽減されたこと、工業化の促進で工場に人的資源が流れたこと、戦争にとられた男に代わり女が生産現場にまわったこと、などの事情があり、家事奉公に従事する者が減った。
その変化の少し前、20世紀初頭エドワード朝の田園の貴族のお屋敷という、うっすらとイメージはあるが実態は把握していない世界を3ヶ月にわたって体験し、それを「壁のハエ」よろしくテレビカメラで観察したリアリティー番組となると興味しんしんである。
階上と階下
お屋敷での生活は文字どおり上階でのご主人さまご一家と下階の召使世界にわかれる。台所も洗濯場も階下にある。ロバート・アルトマン監督「ゴスフォード・パーク」(2001)もお屋敷におけるふたつの世界とその交錯を描いていた。(余談だが、このパークは公園ではなく、まさしく田園のお屋敷をその広大な庭もふくめていう云い方である。)
召使は男女で仕事の系統が異なる。男は執事を筆頭に下男たち。女は全体を統括する女中頭や女主人の部屋つきメイドなど上層部から、一番きつく汚い仕事をする雑役婦まで、位階がある。
「マナーハウス」には、標準装備ではない特別仕様がいくつかある。当家には男の子が二人いるので、女家庭教師ガヴァネスではなく男性チューターがいること。幼児はいないので乳母ナニーがいないこと。コックは普通は女性であるがフランス人シェフが雇われており、なみなみならぬ経済力をにおわせている。晩餐会は財力を誇示する絶好の機会であるが、桂冠詩人アンドリュー・モーションまで招かれており、詩を捧げている。一見に値する。
楽屋落ちのまことしやかな話もいろいろ伝わってくる。番組制作にあたって出演者を募集したところ8000人の志願者があったが、階下の召使役のほうに人気があって、階上志望は一割にも満たなかったという。よほどご主人さまの生活は敬遠されていたというべきか。配役が決まりいざ生活が始まると、一番きつく汚い仕事をする雑役婦がたった二日で辞めた。食べることをはじめ身の回りのことを母親にやってもらっていたという18歳の現代娘にとって、電気掃除機も給湯器もない環境で、この仕事はとうていできなかったらしい。
見どころは、坊ちゃんの先生でありながら上の人ではなく、また下の召使とは一線を引かれる家庭教師特有のジレンマ。エドワード朝のレシピを試す意欲にもえるシェフと、そんなこってりした料理を好まないご主人さまとの葛藤。執事は召使たちを束ねる難しさに加え、ご主人さまの胸中を察し心労が絶えない。母親が9歳の男の子が閉ざされた環境で暮らすことを憂うる様子が痛切なくらい親身で、ついこちらも感情移入したが、それはまさしく実の母親だからだ。ご主人さまご一家は家族で3ヶ月ここに移住した。ここでの暮らしは家族で支えあわないと現代人には生き抜けない状況であろうと察せられる。
見のがせないディテール
イングランドとスコットランドの国境近くの109部屋のマナーハウスが舞台であるだけに、さりげないディテールも要注意である。
このお屋敷は階段手摺が銀製であることで有名だそうだ。磨くには、三人がかりで三日かかるという。
跡継ぎの長男はミスター、次男坊はマスターと呼ばれる。この場合のマスターは、ご主人さまではなく、「お坊ちゃま」。長男のほうはもう成人近いのでマスターとは呼ばれていない。
使われていない暖炉には、花や草が美しく飾られている。がらんとした空間に耐えられなかった19世紀ヴィクトリア朝時代から、使われていない暖炉の隠し方や飾り方の指南は枚挙にいとまがない。その実地例を見ることができる。
召使の心得として、ご主人さまご一家と廊下などですれちがう際に、直面することを避けて壁を向いたそうだ。これが居心地悪く屈辱的であったらしい。「ゴスフフォード・パーク」の召使たちは、こんなことしてましたっけ?では「マナーハウス」では?
是非、お探しください。
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PROFILE:岩田託子(いわた・よりこ) | |
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現在中京大学国際英語学部教授。イギリス文化・英語圏文学。 最近かかわった出版物としては『英語文学事典』(ミネルヴァ書房)、『ヨーロッパ読本 イギリス』(河出書房)。今読んでいる本は大好きなジェラルド・ダレルの伝記。ずーっと愛しているのは、イギリスで300年以上の伝統をもつ人形芝居パンチ(パンチ&ジュディ世界の友の会日本支部長です)。ずいぶんはまって研究し続けたのは「駆け落ち婚」(『イギリス式結婚狂騒曲』中公新書参照)。ひと昔前の家庭文化にこだわる(『英国レディになる方法』河出書房参照)。 実生活では奥様にはほど遠く、少年二名と中年男子一名の賄い婦兼洗濯婦が実状。(掃除は苦手につき、この三名がしています。) | |
















