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知識の本棚から

○知識の本棚から 第2回 西村醇子先生
 「おもしろくてためになるタイムトラベル」

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擬似タイム・トラベルとして

 わたしは英語圏の児童文学を専門とする立場上、常に英国文化を知ろうとつとめている。もとより英国文化は大好きなので、この方面の勉強は苦にはならない。ましてや、楽しみながら自然に学べればそれに越したことはない。
 歴史小説も、より虚構性の強い時代小説も、わたしたちに過去の時代と人々の暮らしを垣間見せてくれるジャンルだが、「歴史」に「現代」が組み合わさると、これはもうファンタジーやSF文学の領域である。マンダーストンという荘園(マナー)屋敷(ハウス)を舞台装置とした本ドキュメンタリーは、ファンタジーに限りなく近い擬似タイム・トラベルの物語と見ることができる。過去を体験する期間が3ヶ月に限定されていることは、タイム・トラベルの約束事を連想させる。さらに、英国の歴史を変えられないという前提もまた、どこかに影を落としている。


「マナー・ハウス」の見方

 「マナー・ハウス」では階上でも階下でも、生活すべてがエドワード時代のルール・ブックに制約されている。いっぽうDVDの視聴に「ルール」はないが、登場人物一人一人を識別できるようになると、ぐんと見方が変わるはずだ。
 各巻のクレジット場面ではカメラが複数階の様子を見せ、呼び鈴か時計のベルのような効果音が使われている。これらは「階上・階下」を描いていることを視覚的・聴覚的に示し、歴史的なドラマ空間への期待感を高めてくれる。だが、人物の顔を覚えたとき、それらがただのシルエットから、ケンやロブ、レベッカやモリソンといった個人の姿に変わるだろう――歴史が個々人によって作られているように。
 主人側となるオリフ=クーパーの家族以外、スタッフは相互に初対面である。彼らは出身地や職歴も、応募の動機もさまざまだ。ドラマ内で起きる葛藤や対立は、あらかじめ仕組まれたものではない。シナリオのない普遍的な人間ドラマが、「マナー・ハウス」をリアルに、そして興味深いものにしている。執事役のエドガーは、階上と階下のパイプ役ということもあって、ある意味全巻の中心人物といえる。物語を楽しむ中で、誰しも、ひそかに肩入れする人物ができるだろうが、わたしがまず興味をひかれたのは、出番の少ないガイである。


末っ子の立場

 10歳のガイは、オリフ=クーパー家の家族でもっとも下位だが、普段着として(前の時代から人気の)セーラー服を着用し、エドワード時代風の暮らしにすぐとけこんでいる。日常生活から解放され、広大な空間で使用人に「マスター・ガイ」として世話されるのが楽しみだと公言して階下スタッフを怯えさせるが、実際には限度をわきまえていたようだ。また「うちの家族もなかなかうまくやっている」と評したり、家庭教師と自分の立場を天秤にかけ、「教師は自分のために働くが、自分は教師のいうとおりにするから、ふたりは対等だね」と結論づけたりする。大人はしばしばガイの発言にどきっとするが、それは彼が「子ども」として、大人文化にたいして自由にそして挑発的になれる立場にいるからである。
 屋敷で過ごすにつれ、「エドワード時代にはもううんざり」と音をあげる場面もあるが、それでも最後までガイが元気にやっているのは、彼の快活な性格に加え、両親の愛情に支えられているからだろう。父親はいっしょに釣りをしたり、パーティにガイの友人を呼び、嬉しがらせたりしている。
 注目したいのは、家長としてエドワード時代の再現にこだわっていた父親が、仮装パーティに息子を参加させ、1912年の愛国的な戯曲を演じさせていることだ。背景には、厳格だったヴィクトリア時代と違い、世紀末ごろから子どもが前より甘やかされるようになったことがあるだろう。シルクハット姿の、あるいはネルソン提督の衣装をつけた小さな紳士ガイは、なかなかチャーミングで、エドワード時代人ならずとも、目じりがさがってしまうだろう。


フォーマリティの壁

 ガイよりもつらい立場を味わうのが、叔母アブリル・アンソンだ。アブリルの姉は、当初こそ人形みたいに無力だと、自分が矮小化していくことに不満をもらしていたが、徐々にレディ扱いされることに馴染んでいく。だが自立し、恋人と同棲していたアブリルは、姉の家族に扶養される、結婚できない同居女性とされる。また「エドワード時代の礼儀作法」が目に見えない障壁となり、姉と打ち解けて話す機会も減ったうえ、自分の友人を屋敷に招くこともできない。孤立感と喪失感でダメージを受けたアブリルは、ベッドから起きられなくなり、医者の助言で一時的に屋敷を離れている。
 アブリルのエピソードは、過去を体験するタイムトラベルが、楽しいだけではなく、「危険な旅」にもなりうることを示している。ガイの家庭教師インド系のラジ=シン氏もまた、階上と階下のはざまで疎外感に苦しみ、インフォーマルな会話に飢えていたが、アブリルのように病気になることはない。アブリルははからずも、エドワード時代の女性の立場の弱さを、身をもって示したといえよう。


凝縮された時間

 DVDには晩餐会、慈善バザー、狩猟パーティ、仮装舞踏会などのイベントが詰め込まれている。なかには誕生日のスタッフ(ロブ)のために仲間が開く、自然発生的(?)なパーティも混じっているが、これも含めてエドワード時代の文化を凝縮して提示する狙いがある。
 たとえば晩餐会は、1906年の選挙で政党の交代があったことを踏まえ、政治的な色彩を帯びている。このとき、ナレーションは政治の変化が労働者にも影響し、じょじょに使用人確保が困難になっていたことを、現在のマンダーストンでのスタッフ欠員の問題と重ねあわせて示す。1911年という設定で開かれた家庭教師ラジ=シン氏のための夕食会は、食べ物などインド文化の英国への浸透を明らかにするだけでなく、広く英国と植民地の関係を再確認させる働きをもつ…。
 出演者はみな、それぞれの役をとおして親や祖父の世代について(再)発見し、さらに当時の新聞や雑誌を見ながら、現在との違いを理解していった。だから目に見える以上の時間が流れていたと思う。彼らは最後に屋敷を離れ、現実に戻っていくが、もし当時だったら彼らを待ち受ける未来は「こうだったかもしれない」というナレーションを聞いていると、わたしたちも、本当にタイム・トラベルをしてきた気持ちになる。


 Instruction with Delight、「おもしろくてためになる」ドラマ、ここにあり。//


PROFILE :西村醇子(にしむら・じゅんこ)


青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士後期過程満了退学。
白百合女子大学ほか非常勤講師。
日本イギリス児童文学会理事、産経児童出版文化賞審査員。

英語圏の児童文学の研究、評論、翻訳に携わっている。
訳書に『ひとりぼっちの不時着』(くもん出版)、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔』(徳間書店)など。共訳書に『物語る力』(偕成社)、『オックスフォード世界児童文学百科』(原書房)、共著に『歴史との対話』(近代文芸社)『英米児童文学の宇宙』(ミネルヴァ書房)、『世界児童文学百科 現代編』(原書房)『絵本をひらく』(人文書院)ほか。

趣味は、ケーブルテレビで海外のドラマを(繰り返し)見ること、要求が多くて気難しい老猫(20歳を越えても美形!)のお世話をすること・・・。

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