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知識の本棚から

○知識の本棚から 第3回 松村昌家 先生
 マナー・ハウスの生活風景 ―時代の転換期を再現―

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■ マナー・ハウスとカントリー・ハウス

 最初にマナー・ハウスとカントリー・ハウスとはどう違うのかについて、簡単に説明しておこう。  カントリー・ハウスといえば、まずは広い田園景観をそなえた貴族の大邸宅であるのに対し、マナー・ハウスは大地主の本拠地、あるいはジェントリの屋敷ということになろう。 「マナー」はもともとも中世の荘園、あるいは荘園内の領主の屋敷を意味する語である。したがって、イギリス革命期(1688-89)から貴族やジェントリ階級の勢力の象徴として脚光をあびるようになったカントリー・ハウスよりも、歴史的に古いということになる。  しかし、マナー・ハウスが貴族のカントリー・ハウスに変身したり、ジェントリ(特に準男爵)が、田園に貴族同様の屋敷を構えることも珍しくなかった。では本作品の舞台となったマンダーストンは、どのような屋敷であったのか。

■ マンダーストン.

本作品の原題はThe Edwardian Country Houseであったし、冒頭部分にもそのようなナレーターの声が入るが、F.H.グルーム編『新版スコットランド地名辞典』第5巻(1894-95)によって、マンダーストンを再確認しておこう。 マンダーストンはスコットランド南部、イングランドとの境界近くの「ベリックシャー,ダン教区にある美しい近代風の大邸宅(マンション)」で、「1874以降第二代準男爵サー・ジェイムズ・パーシー・ミラーが当主となった」。そしてサー・ジェイムズは、1892年に100エーカーを超える広大な隣接地を買いとって、映像に見るような、見事なカントリー・ハウスの景観をつくりあげたのである。 つまりマンダーストンはヴィクトリア末期、エドワード朝に近い頃にカントリー・ハウスの様相を整えたマナー・ハウスであり、本作品におけるサー・ジョン・オリフ=クーパーは、サー・ジェイムズの役を演じている、ということになるのである。

■ <サー>の称号について.

<サー>は準男爵またはナイト爵の称号であって、貴族を意味するものではない。  歴史的にいうと、準男爵位(baronetcy)は、1611年にジェイムズ一世が、アイルランドの植民政策を進めるための資金調達の手段として創造された制度である。世襲制の位階である点では貴族に近いが、平民であることに変わりはない。呼びかけの敬称としての“Sir”と“Lord”(卿)とは、はっきり区別されねばならないのである。  ただし、夫人に話す呼びかけの敬称は、いずれの場合も“Lady”で共通している。 バトラー(執事). 『マナー・ハウス』の「ダウンステアズ」(使用人)の世界で、「ハイエラーキ」(上下関係)という言葉が頻繁に使われているのに、ご注意いただきたい。それほど屋敷における使用人たちは、上下関係のしきたりによって統轄されているのである。  使用人集団のハイエラーキの頂上がバトラーなのだが、バトラーにとって不可欠なのは威厳である。  映像にもよくあらわれているように、バトラーは往々にして尊大ともいえる態度を保ち、食事の席でも厳然たる威厳をそなえ、主人や客にワインを注いだり、特別の料理を出す以外のことは、いっさいしない。そして客が訪ねてきたときにはその人物の地位や身分を嗅ぎわける直感が必要となる。  本業を建築コンサルタントとするエドガーのバトラーぶりは見事だが、時には彼の手に負えない「召使たちの反乱」が起きる。  プログラム3のチャリティ・バザーの場面に出てくる「クラリオン社会主義」者グループのデモンストレーションにあらわれているように、時代は変化し、被雇用者たちが大っぴらに不平不満を表明し、権利主張ができる世の中になりつつあったのである。  イングランドでは、1900年に労働者代表委員会が組織され、それを基盤として1906年に労働党が結成された。そのような政治的動きが、『マナー・ハウス』のこの場面にも反映されているようで、興味深いのである。

■ 自動車・自転車の時代へ.

 カントリー・ハウスのシーンには馬車がよく似合う。しかし、『マナー・ハウス』には時代の先端を行く自動車が登場し、女性たちが男たちとつれ立って、さっそうと自転車を乗りまわす光景が見られる。ヴィクトリア朝からエドワード朝への時代の推移が象徴的に映し出されているように思える。  「馬の要らない車」(horseless carriage)が出現して、<モーター・カー>という語が造り出されたのは、1895年。エドワード朝に入ると、これが爆発的な人気を博するようになる。エドワード七世自身も、まっ先にモーターリングにはまった一人であった。  同じく1895年頃から自転車がはやりはじめ、特に女性のあいだに人気があった。それに伴って自転車に乗るのに便利なニッカーボッカーズ(「合理服(ラショナル・ドレス)」と呼ばれた)がはやり出したが、これに対しては「奥さま方」から強烈な抵抗があったことが『パンチ』の風刺画にもあらわれている。  先にふれたチャリティ・バザーの場面では、「社会主義者のメッセージを広めるために、1894年にクラリオン・サイクリング・クラブが設立された」というナレーターの声が入るのにもご注意いただきたい。

 最後に最も印象深かったこととして特記しておきたいのは、登場人物がみんな素人であるもかかわらず、いや素人であればこそ素直なアクションによって、プロの俳優より以上のリアリティを出しているということである。
 エドガーの演じるバトラーもさることながら、アントニア・ドーソンのキッチン・メイドは抜群の名演技であった。


PROFILE :松村昌家(まつむら まさいえ)

1929年生まれ。
大阪市立大学大学院修士課程終了。同志社大学、神戸女学院大学、甲南大学教授を歴任、現在は大手前大学名誉教授。
日本ヴィクトリア朝研究学会会長。
著書 『水晶宮物語-ロンドン万国博覧会』(筑摩書房)、『パンチ素描集』(岩波書店)、『ヴィクトリア朝の文学と絵画』(世界思想社)、ほか多数。

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